2011年3月20日日曜日

言葉は手

首都圏は軒並み歌会中止・・・というところが多いみたいで、何だか寂しいような。

現在の状況を含めそれぞれの事情もあるので致し方なしではあるけれど、むしろこういうものほど

途切れさせてはいけない(物理的な理由以外なら)気もする。

よって今日は普通に歌会。

五行歌と向き合う、ということは、日常を普段通りに過ごし丁寧に暮らす、ということだ。

買い物やレジャーでお金を落として経済を回すように、私たちはこの「平穏な日常」をゆっくりと私たちらしく

循環させることに意味がある。人の営みが歯車のように繋がっているならば

その歯車を重ねることで、被災された歌人さん達の「平穏な日常」をも回らせる事が出来るのではないか。



今回は少人数で久々に点が入らない人はいなかった。くすっと笑えるユーモアあふれる歌が多かった。

普段通りの歌会だった。そして久々の1席。代表でも容赦なく0点になる恐ろしい歌会なのでw

記念に?貼っておく。
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形そのものじゃなくそこから感じる「感触」が読む人の心に触れるのではないか。

自分の心を救い奮い立たせるのは自分だけだけど、それに気づけない時もある。

突っついたり、撫でてみたり、時には抓り、ツボを押す。

言葉や文字はそれを気づかせるきっかけに過ぎない。救うとか癒すとか変えるとか思いあがりだ。



「立ち上がれ」と引っ張るのじゃなく

「自分の足で立てるんだよ、ほら」と両の足をぽんぽんと叩くような

手触りが伝わるのが私の思う「歌の力」だ。いつかそんな手になりたいと思う。







あなたはどんな手でありたいですか?

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