私の住んでいる札幌にある大通公園には前出の石川啄木の歌碑がある。
しんとして幅廣き街の
秋の夜の
玉蜀黍の焼くるにほひよ
結構前に芭蕉の「佐渡に横たふ・・・」の句の実際を聞いて以来、
��常に荒れてる佐渡の海に天の川が映るわけはない)虚構であるからこそ
完成される世界というものもあるということを知ったのだが、この歌碑を見たとき私が気になったのは
「啄木は実際焼きとうきびとか食べたのか?」
ということだった。
歌以前にこんなしょうもないことのみに興味が湧く私w、疑問の赴くままちょこっと調べてみた。
どうやら明治中頃、札幌市平岸村(現在の私が住んでいる地域だ!)の農家がとうきびを焼いて街角で売り始めたのが始まりという。
地元に住んでいたけど歴史は古かったのねーと妙に関心。
ちょうど啄木が滞在していたときにはもう街のあちこちでとうきび屋台があったそうだから
まさにこの歌の通りの光景だったことだろう。
でも実際食べたのかどうかはさだかではない。街を歩きながら匂いだけを楽しんでいた(お金ないし)のかもしれないし
買ったのかもしれないし、焼いたのじゃなくゆでたのだったのかもしれないし、こんな妄想で秋の夜長を楽しむのも面白い。
秋、ということはとうきびもラストシーズン。過ぎ行く季節の哀愁と共に立ち上る焼きとうきびの煙が
思い浮かんでくる。
個人的には大の男が蟹と戯れて泣いたり、己のダメさ加減にじっと手を見る歌よりは好きだ。
しかしこれジャンル分け「もの想い」でいいのか・・・。
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