2011年5月19日木曜日

営みを紡ぐ手たち

誰が偉いとかではないが、実際「その場」で体感して実感したという時間と

その時間の途方のなさへの絶望と、それでも待ってくれない現実とを噛みしめつつ

再生の道を拓こうとしている人々がいる。

その大多数が目立たぬところで人の営みを支える手を持つ人たちだ。


漁の網を繕う漁師の手。

流されてきた瓦礫の木に鉋をかける大工の手。

赤黒く焼けた土色の指でつぼみの世話をする桃農家の手。

休むことなく動かし続けている手の雄弁さは、どんな遠方からの他人事の空論よりも重い。



その確かさで日々暮らすその人たち自身の営みをわたしは尊重したい。

それぞれの死生観の領分の向こう側から。

何を言いたいかというと・・・
もうね、皆さんびびりすぎ、論理的に考えも出来ずに憶測言い過ぎ。
いっそそんなに生きるの怖いんだったら( ゚Д゚)<氏ね!と言いたいです。
満たされたあったかい場所からあーだこーだ言う暇があるなら建設的にプラスになることをとっととしやがれと。
勤め人なら働いて、遊び人なら遊んで経済を回して、
うたびとなら被災された歌人さんが改めて五行歌が自分に寄り添ってくれるんだ、と
心つよく思えるような良い歌を書くと(自分で書いててえらいハードル高く上げたなオイw)
今のところ知っている五行歌関係の方にはそこまでテンパった人はいなさそうなのが安心ですが。
ふんとにもーヽ(`3´)ノなこの頃です。

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